命理学の公理が「太陽と地球の相関々係における個人の対応である」ということは、命理の聖典である『滴天髄』の
冒頭句「欲識三元萬法宗。先觀帝載與神功。坤元合徳機緘通。五氣偏全論吉凶。戴天履地唯人貴。順則吉兮凶則悖。
要與人間開聾瞶。順悖之機須理會。」と大変難解複雑に表現されている言葉と内容を、誰にでも分かるように、
私が現代的に表現したものであることは周知のこととして、今や多くの人々に認識されつつあります。
この公理を言い換えますと、太陽エネルギーが地球エネルギーに種々なるエネルギーを与えつつ、
そこに生命エネルギーを発生せしめ、その一つである人間の生命エネルギーは、個体差ある個々人の生命エネルギーと
なって、太陽エネルギーと地球エネルギーを種々様々に受けながら、かつ個体差による知的エネルギーと肉体生理
エネルギーによって、保存・推移・転換を一刻の休みもなく行っているものである、と言えるのです。
ただ、そのエネルギーは、人間・人類の個体格差によって、
から選択されるとともに保存・推移・転換を行っているものであって、この単なる知的エネルギーの高次元のものが
「哲学」であり、知的エネルギーはそれ自体の中に「動的」要素を内包することによって、必然的に「生活的・生産的」
なる質的転換となり、時間エネルギーと空間エネルギーによって、「科学」の発達・向上を人類史上にもたらしたものと
言えるのです。
そうした過程の中で、「科学」はますます細分化され、それが素晴らしい発展を遂げつつ、
二律背反性が表面化されるのは、それ自体がエネルギーであるということから生ずるもので、
その根底には“人間であること”“人間をも含めた生命尊重”が厳然としてある一方、現在でも根強く潜在的顕然的に
横行している「迷信」と、本質的根源的において変わらない「科学への迷信」ともなっているのです。
これが二律背反性であり、1~4の中の3にも該当するものであります。
命理学の「公理」が前述の如きものである以上、地球上に生存した、生存する、生存するであろう人間個人の
「対応」に適応しなければ、「学問」であり「科学」であるということにはなり得ないものであります。
つまり、北半球であろうが、南半球であろうが、この公理が公理として正しくない以上、公理とはならないということ
であります。その証明として数十例の南半球の実例の中から、数例を挙げて行くこととしましょう。
庚日戌月土旺に生まれ、庚金相令、土不透、丙庚辛透出する「正官格」。辰戌冲去して、申巳接近し、 月干丙火調候巳に通根し、申は水の長生、水源絶えず源遠長流の壬あり。庚金の特性、丁火煆庚を喜び、 庚甲不離なるは庚金劈甲引丁の相対性的弁証法によるが無甲であり、用神丁ととりたきも冲去、やむなく調候の丙。 用・喜・忌・閑神は左記の如くです。
以後、ほぼ無難に過ぎて行く命運です。
要するに、現在までの流年を見ましても乳幼児期に罹りやすい小病はあるものの、それほど心配する大病もなく、
天運干支、原局に有情にして、大忌とならぬ救応あり。ただ、結婚、配偶者には特に注意を要する
(その他、性情変化・六親・病源・適性進路適職・容姿等省略)、と以上のように「審察」することができます。
ところが、前記の女命、サンパウロ在住のY夫人より提供された命造で、それ以前から、
北半球の生まれと南半球の生まれでは看命の方法が違います、と申し上げていたことに対して、
送られてきた実例なのであります。
そして、上記女命の「審察」は全然不適であります。つまり、要点を摘記しますと、
とのことで、言うなれば、前号特集の、「ダウン症」の軽度ということになります。
Y夫人に申し上げてきました、北半球と南半球の看命法の違いの結論をここに公開いたしますと、
となるということであります。
挙例の女命を南半球の干支としますと、
左記のようになり、年柱庚寅、つまり北半球の年支申は寅となり、月柱丙辰、月支戌は辰となり、
日柱庚戌、日支辰は戌となって、時間干支は庚日ゆえ辛巳刻であることには変わりがありません。
庚日辰月土旺生まれの「偏印格」。辰戌冲去し、巳中の庚は本気丙火から尅庚され、日干無根に等しいにもかかわらず、
印旺の戊土あるので、不従となるのです。休令とはいえ月干丙火透出するのみならず、辰月調候不要にもかかわらず辰戌冲去して、年・時支接近し、
丙火の根有情・有力・有勢となって、火金尅戦。無水、無湿土となり、ただただ熔金に向かうのみ。
つまり、北半球戌月生、調候必要であったのが、南半球辰月生では全く不要となります。
上造の北半球の場合は、日干申に通根し、かつ蔵壬、源遠長流の水となるのに、南半球の命となると、日干無根、
年支寅に丙火有気となるのみならず、生丙する陽燥の甲木本気にあり、時支また巳、忌の丙火太過して熔金の病なるに、
無薬であって、前号「ダウン症」の特徴が、火太過であったことを思い出してください。
夭凶の命であることがすぐ分かるはずです。
南半球干支、甲木は生火に向かい木成化灰、火尅金て熔金され、金は呼吸器。無
水、水智なく、知能低い。こうした命、異常分娩の場合が多く、火炎土燥、不能生金にして、
土・金、消化器、胃腸に疾患。金、咽喉・歯、肝・膵にも難あり、食事受けつけず、流動食か軟らかく水分多きもの、
果物しか摂取できず、諸ホルモン分泌バランスまことに悪く、行動、表情、眼の動き等々すべて人並みよりはるかに劣る。
足が悪くないのに、とありますが、脚の骨尋常ではなく、よく転ぶ(金)、さらに無水、水は聴覚、耳であり、
三半規管に難なきか疑問、心臓・血液・白血球と赤血球のバランスよきか、さらに、低血・貧血、
これは医師分野の問題です。
以上のように、南半球干支をもってしますと、命理の示す如くなりますが、北半球干支では、
上記の如き事象一つも説明でき得ないのです。さらに南半球干支をもってしますと、
このように、南半球と北半球では天地雲泥の違いとなるのです。
なぜ北半球の干支暦がそのまま南半球に適用できないのか、という理論的細述は、
もう一例挙げてからのこととします。見やすいように、四柱その他を上下段に分けて示すこととします。
死令の戊土、庚金は申に坐していますので埋金となることなく、用神は寅中の甲木、
未寅と並んで丙火助丁し、かつ甲木司令で旺木生火し、有情・有力、木火土金水と「始終」よろしく、
申寅子は、何が来ても去とならず、また局も作ることなき支であり、「生気」あって「精神」あり、
安定していて「清」にして「純粋」。大運もほぼ佳で、忌の西方金旺運も天干に壬癸水あり洩生水し、
また生木へと流通。「位相」高に近い中、高に近い中の、長寿ゆえ高、となる組織構造です。
立運までの流年は、
1才丙申、2才丁酉、3才戊戌(埋金の忌は免れず)、4才己亥、
5才庚子、6才辛丑(未丑冲去し、小病)、7才壬寅、8才癸卯となって大運に交入し、
この間大忌となる事象発生せず、第一運丁丑、未丑冲去するも大忌とならず、第二運以降も大忌となる運はありません。
申寅冲去して、丑・子接近し、休令の戊土制水、埋金し、かつ調候丙を失い、丑中辛金に有気なるも生癸水、
また池塘氷結、金寒水冷の極、尋常ではありません。「ダウン症」かもしれないというY夫人からのお手紙でしたが、
「ダウン症」ではなく、言うなれば、水智・丁文なく(金寒水冷)、精薄児、明朗で知能低いが、人に可愛がられ、
鈍にして動作緩慢、と申し上げていたところ、その後当人と会い「ダウン症」ではなかったとの返事がありました。
肥り気昧とのこと(二戊透出による)。病源は、むしろ膠原病体質であります。
現在29才乙巳運、養鶏場の門番の職についているとのこと。この精薄状態、治る見込みはまずあり得ませんし、
独身で、孤貧の命と言えるもので、北半球の干支による四柱では全く考え得られない事象と言えます。
二例をもってすべてがそうであるとの証明になりませんので、次号であと数例を挙げ、
南半球干支の理論を詳述して行くこととします。単純な思いつきなどではなく、
長い間の事象面の研究によったもので、「太陽と地球の相関関係」より理論づけられたものであります。
また、別の表現で言いますと、北半球では、六十干支表は甲子より順ですが、南半球の六十干支表は、
甲午より始まって順であります。
ここでお断りしておきたいことは、この南半球干支論は、既往の如何なる命書にも、
如何なる小印刷物にも寡聞ながら見たことはなく、実審にこれを用いている人がいることも聞いたことがない、
私の創見発明による理論であり、かつ多くの実証例で証明されているものであります(この点につきましては、
Y夫人の絶大なるご協力に感謝いたします)。
この理論を何の許諾もなく用いて、南半球の生まれの人を「審察」、あるいは教えることは、
「日本命理学会」の正会員以上の方でない限り許可致しません。
なぜ、私がこのようなことを言わなければならないかと申しますと、まことに悲しむべきことに、
厚顔無恥、剽窃を恥とも思わぬ徒輩が非常に多く、私の創始創見・発見発明によるところの多くの
理論が、なんらの許諾もなく著作物に、コンピューターに、実審に盗用されている事実が余りにも多過ぎ、
目に余るものは既にそれなりの法的処理をしつつありますが、著作権法ある法治国家の一人として、いな、
恥を知るべきが人の道であるとして、断固たる姿勢で望むべきであると考えてのことであります。
『天地人』16号(1984年甲子年出刊)より抜粋